ジャップオス発言の何が問題か

ジャップオスと発言したツイッターレディースと呼ばれているアカウントが凍結されているが、何が問題なのか。

日本で男は権力側で加害者側だからというのが間違いだが、これに男性差別と曖昧なことで返すのもまた問題だ。

障害者の男性は健常者天国の国で権力側ではなく、同性愛者の男性は異性愛天国の国で権力側ではない。さらには、ハーフ(非白人系)の男性の視点も入れるとどうだろう。さらには、被差別部落の視点も入れるとどうだろう。

ジャップオス発言は、日本の男たち全体を加害者の権力側とみなして叩いているから間抜けなのだ。

ジャップオス発言を真似すると、障害者の男性は健常者の女を罵倒しても、この健常至上主義社会での権力の上下関係があるから、健常者が歴史的に障害者を苦しめてきたから、健常者の女はそれくらい我慢して受け入れろとなる。

しかし、ジャップオス発言している女たちは、果たして受け入れるか。受け入れないで、ツイッターレディースとか、ネトフェミは障害者叩きをするだろう。

日本の権力側の男を叩く目的でジャップオスと言うなら、障害者、同性愛者やハーフ(非白人系)の男性などは除かないといけないし、歴史的というなら、被差別部落の男性も除くべきだろう。

しかし、ネトフェミはそもそも人権感覚などなく、一括して男叩きをして鬱憤晴らしをしたいだけなので、障害者男性叩きはするし、ゲイを性の玩具にするし、ハーフ男性への差別など眼中にないし、被差別部落差別なんかない!同和利権!と言うのだ。

健常者の女から障害者のジャップオスは女性差別してきたことを反省しろと言われたら、障害者の男性は謝罪する必要はあるのか?そもそも、そんなことを言う健常者の女は自らに染み渡っている健常者の加害性に無頓着なのだから、謝罪する必要などない。

ツイッターレディースとかネトフェミは自らが女であることで、歴史的にも現在も最大の被害者と思い込んでいるので、健常者の女であっても女であることで被害者側であり、健常者としての権力性や、健常者としての下駄を履いていることも分からない。健常者の女とは、健常下駄を履いた女のことだ。

障害者の選挙権は「戦後」も制限されてきたし、障害者は戦後も義務教育を受けられなかった。最低賃金には減額特例があって障害者には最低賃金すら支払う必要がない。男女の賃金格差というが、それは健常者間で問題にしてきたことだ。障害男性は、健常女性より賃金がさらに低い。

ネトフェミは、戦前の私宅監置など聞いたこともないだろう。こういう障害者差別よりも健常者の女性の人権こそ重要であるとして増長してきた結果が、私は女だから被害者としてジャップオス発言を繰り返すネトフェミの出現だ。

健常者であっても女であるから、健常者の加害性を反省する必要などないと思っている。人権のことに口出ししているのに健常社会に生きていることすら分からず、障害男性よりも健常女性のほうが弱者と思っているカルトである。

ジャップオスと言って日本のマイノリティの男たちも叩いて、女性とマイノリティの分断にますます励んでいるのは、労働組合が労働者の権利をと言いながら、非正規を排除してきたことなどとも似ている。

ジャップオスと一括できるのは、日本にはマイノリティの男たちが存在しない時だけだが、どんな国でも少数派に属する男たちもいるので、一括した男叩きは少数派叩きにもなる。

ジャップオスとか言ってるネトフェミらは、弱い男たちばかり叩いて、その国の本当の強者男性には向かわないいつもの芸風には爆笑するばかりだ。

反省の女性学とはに、当サイトの反省の女性学の趣旨を書いています。

2016年9月掲載



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