ネット酷使様の政府妄信論
東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)のネット上の言論で、国難であるから政府を批判せずに政府を応援しなければならないという声を、普段は権力を批判している者たちが言っている。権力を批判する者たちがよく言う大政翼賛会や、全体主義、挙国一致などの決まり文句は、こういう大震災の際の政府の動向に注視する際にも考えるべきであるのに、政府はよくやっている、政府の言うことを実直に聞いて素直に従わなければならないなどと言っている。ネット上の権力批判など、たかが知れたもので表面上のものにすぎず、政府に体よく利用されるだけの存在にすぎないということだ。
はてなブックマークのコメントを見てもそうだ。
はてなブックマーク - 【東日本大震災】政府、後手の対応 首相視察が混乱拡大との見方も+(1/2ページ) - MSN産経ニュース
https://b.hatena.ne.jp/entry/sankei.jp.msn.com/affairs/news/110312/dst11031223220294-n1.htm
【東日本大震災】政府、後手の対応 首相視察が混乱拡大との見方も+(1/2ページ) - MSN産経ニュース
https://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110312/dst11031223220294-n1.htm
政府関係者によると視察は首相が突然言いだした。枝野氏も12日未明の会見で「陣頭指揮を執らねばならないという強い思いが首相にあった」と説明した。
しかし、現場はすでに放射性物質の一部放出をしなければならない事態に陥っていた。そこに首相がヘリコプターから降り立ったため、現場担当者も首相の対応に追われた。
こういう報道を記事にして政府批判をすることを封殺する者たちが、普段はネット上で権力を批判しているのだから、ネット言論の薄っぺらさが垣間見える。
特に、原子力発電所の被爆問題は海外の多くの報道機関でも、検索すれば容易に探せるくらいに沢山の記事であふれるくらいに掲載されている。そこには、「政府が公式には被爆の問題はないと言っているが、非公式の情報源からは違うと聞いたので、身の危険を避けるために原子力発電所から遠くへ避難した」という福島の原発の近くに住んでいた住人の声や、当初の原発での爆発の際の情報公開の不十分さの指摘などが掲載されている。『産経新聞』の記事を批判しているはてなブックマークのコメントを見ると、そういう声を記事として掲載することが「国賊だ!」ということになるくらいの勢いだ。ネット酷使様とは、まさにそのことだ。被爆問題での政府の対応も批判せずに妄信するのは、まさにおとなしい羊のような存在だ。
未曾有の天災であっても、政府が言うことに対して疑問を持ったり、批判するのは当然のことだ。そもそもの問題として、戦前から今までの政府は、国民の知る権利に反して、批判されることをしてきた。特に民主党政権になって国民の知る権利を蔑ろにしたことに、尖閣諸島問題での衝突ビデオを公開しなかったことがある。その政権は、現政権の菅政権だ。国民の知る権利を蔑ろにした政権に対して、大震災になるとその政府を信用して国民の知る権利にも応えていると思うその素朴さには笑ってしまう。尖閣諸島問題以外にも、今までの民主党政権のどれだけの公式な発言に騙されても、「政府を信用しよう!」「政府を批判するな!」というのだから、恐れ入ってしまう。
人権のランキングで上位に入っている北欧諸国の政府であっても、どの国の政府であっても、国民の知る権利に反して都合が悪い情報を恣意的に操作してきたのは、程度の差にばらつきがあっても同じことだ。未曾有の大地震だからといって政府への批判の新聞記事などを封殺するネット民の言論を見ていると、それらネット民の言論よりはテレビを見ていたほうが遥かに有益だ。
2011年3月13日の日曜日には、『NHKスペシャル 緊急報告 東北関東大震災』があった。大震災は3月11日にあったばかりなので具体的な状況は分かっていないことばかりだが、NHKはスペシャル番組で報道して拙速に政府批判もしていた。NHKスペシャルよりは遥かに短い内容の『産経新聞』での民主党政権批判に「この国難の時に批判するな!」とか言っている者たちの論理では、NHKのこの番組は「国賊」だ。『産経新聞』を無闇に叩いている政府妄信者たちの論理では、このNHKでの政府批判の言論は強烈に批判されることとなる。国難というのは、そういう政府への批判を許さないという妄信者たちの集合体が招くものだ。政府妄信者たちは、批判されるべきチェーンメールなどと、政府への批判の区別も付いていない。
民放のテレビ番組をマスゴミなどといって貶すネット民が多いが、民放のテレビ番組でも今回の震災の状況を伝えながら、政府の対応のまずいところは批判している。今は国難だから政府への批判をするなというバカげた姿勢は、民放番組でもしていない。当初の自衛隊出動の際の自衛隊員数の少なさを批判しているものなどもある。人命救助が最優先であるので、人命救助に当たる自衛隊員数の少なさを批判するのは当然だ。被爆問題に関しては、民放の番組で1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故を引き合いに出して、その時の後手後手になった対応を出しながら、政府の対応を批判していた場面もあった。内外の専門家の意見では、チェルノブイリと今回の状況は相当違うので、『産経新聞』の短い政府批判叩きに躍起になっている政府妄信者のネット酷使様たちは、「チェルノブイリと同じ状況だと無駄に煽るな!」と批判するほうがよっぽど理に適っているのだが。
東日本大震災での、ネット上のリベラル気取りの権力批判者の政府への挙国一致賛同運動の妄信を見ていると、ネット言論なるものの儚さ脆さがまた見えた。そんな者たちには、リベラルを気取って権力批判を語ってほしくはない。リベラルとは程遠い者たちで、ただのネット酷使様だ。こういういざと言う時に、普段の行動の化けの皮が剥がれて、その者たちの真価が問われる。どの国のどの時代のどの時期の政府であっても、政府の言うことを妄信して、その政府を批判する者たちを封殺するようになっては、その国の民主主義は終わりだ。批判するのは、チェーンメールなどのふざけたことをする連中に対してこそするものだ。はてなブックマークのコメントには、民主主義の終わりのネット酷使様の全体主義の片鱗が見える。
追加。
【計画停電】政府、責任逃れの東電任せ - MSN産経ニュース
https://sankei.jp.msn.com/politics/news/110314/plc11031418430040-n1.htm
時事ドットコム:仙谷氏、東電怒鳴る=混乱にいら立ち-政府・民主
国難であっても、こういう政府への批判は続けるべきこと。
2011年3月掲載
東日本大震災:リベラル気取りのはてなで政府賛同挙国一致の酷使様運動