『朝日新聞』と『産経新聞』の『年次改革要望書』の報道姿勢など
小林興起『主権在米経済』(光文社)の136頁で、小林興起は「郵政選挙前後の段階で、朝日の社説editorialがどんなことを主張していたかを並べてみると、朝日新聞のスタンスが非常に明確になる」という記述の後に、以下の『朝日新聞』の社説を載せている(以下の社説は、2005年の『朝日新聞』の社説です)。
《8月10日付》「郵政民営化法案が参議院で否決され、総選挙に突入する。自民党内の造反や民主党など野党の反対で廃案となったことは、残念というほかない」
《8月23日付》「一つの法案に反対した前議員を容赦なく追いつめる。非情と映るやり方ではあっても、自民党を政策本位の政党に作り替える剛腕だと評価もできる。それが内閣支持率の上昇につながっているのだろう」
《9月4日付》「全国に2万5千近くある郵便局のあり方を見直すのは当然の流れだろう。今でも年間に40局近くが減っている。民営化であれ、公社のままであれ、すべての郵便局を守るといった安請け合いはできないはずだ」
《9月11日付》「小泉首相はこれまで見たこともない型の指導者だ。(中略)単純だが響きのいいフレーズの繰り返しは、音楽のように、聴く人の気分を高揚させる」
《9月12日付》「首相は最後まで郵政民営化一本やりを貫き、『国民に聞きたい』と問い続けた。その意味でこの選挙は、まぎれもなく民営化の是非を問う国民投票だった。それが圧倒的に支持された以上、郵政法案をすみやかに成立させるべきなのはいうまでもない」
これらの社説で、『朝日新聞』は反体制派どころか、体制派べったりな翼賛紙の体質が明るみになった。『朝日新聞』の郵政民営化賛成の翼賛体制記事はこれらの社説に限ったことではなく、他にも多くの社説を載せている。特に、2005年9月11日の総選挙投票日の『朝日新聞』の社説はひどい。関岡英之『奪われる日本』(講談社現代新書)の51頁で、関岡英之は以下の記述をしている。
『奪われる日本』51頁
そして投票日当日、朝日は社説で次のように書き、取り返しのつかない致命的な汚点をジャーナリズムの歴史に残した。
「小泉首相はこれまで見たこともない型の指導者だ。……単純だが響きのいいフレーズの繰り返しは、音楽のように、聴く人の気分を高揚させる」
まるで中国の毛沢東や、北朝鮮の金正日の礼賛記事を読むようではないか。
『主権在米経済』の145頁から146頁に、2006年4月号『財界展望』の「米国『年次改革要望書』の正体」中の記事の荒井香織「『年次改革要望書』を一行も報道しない大マスコミの大罪」の記事のことが書いてある。荒井香織が2006年2月3日に『朝日新聞』、『読売新聞』、『毎日新聞』、『産経新聞』、『日本経済新聞』の各新聞社に「最新版『年次改革要望書』についての報道の有無や分量・掲載日、報道がなかった場合その理由」を質問したことの質問状の回答が書いてある。『産経新聞』は、高山克介広報部長名で2002年から2005年の関連記事が添付されて、以下の回答がきたことを載せてある。
『主権在米経済』146頁
「米国の『年次改革要望書』の件ですが、産経新聞としては毎年、別紙のような形で報道してきました。昨年12月についても、ワシントンの記者から出稿予定はきましたが、当日の紙面のニュース全般の動きと外信部、経済部のニュース判断などの結果、掲載を見送りました。恣意的なものではなく、あくまで紙面の事情であるとご理解ください」
同じ146頁には「朝日、毎日、日経の各紙は「『年次改革要望書』に関する報道はなかった」という回答とともに以下のようなコメントが届いたという」という記述があり、以下のことを書いている。
『主権在米経済』146頁
「特段の理由はありません」(朝日新聞社広報部)
「取材・編集に関わる個別の判断理由についてのご説明は差し控えさせていただきます」(毎日新聞東京本社編集局)
「記事にすべき内容ではないと判断しました」(日本経済新聞社長室)
『読売新聞』については、146頁に「読売新聞東京本社広報部は、報道の有無についてのコメントはなく「個別記事のニュース判断に関することは従来よりお答えしておりません」と回答」と書いてある。
荒井香織の記事で納得がいかなかった小林興起は、2006年3月17日に自ら新聞各紙に質問状を送って、その回答を『主権在米経済』に載せている。その質問の全文掲載を147頁から151頁に載せている。それを全部ここに載せると著作権上の問題が出てくるので、詳しくは『主権在米経済』を参照してください。
『主権在米経済』149頁に質問3の項目がある。
3. 雑誌『財界展望』(2006年4月号)「『年次改革要望書』を一行も報道しない大マスコミの大罪」の記事でライター・荒井香織氏が「『年次改革要望書』の報道が一切されていないが、なぜ報道しないのか」という内容の質問状を送ったところ、
(以下、各社に向けた文面)
(以下、各社に向けた文面)の後に、『朝日新聞』、『日本経済新聞』、『毎日新聞』、『読売新聞』の各紙への質問が掲載されている。この3の項目には『産経新聞』への質問だけがなく、以下の記述が150頁にある。
*産経新聞は「ある程度報道している」と『財界展望』に答えており、実際過去何度か報道していた。
『産経新聞』は、体制に従順な体制派で親米べったりと言われることがある。しかし、『年次改革要望書』という日本の根幹を揺るがす記述が網羅してあることは報道してきた。『朝日新聞』が「小泉首相はこれまで見たこともない型の指導者だ。(中略)単純だが響きのいいフレーズの繰り返しは、音楽のように、聴く人の気分を高揚させる」と社説に書き、関岡英之が「まるで中国の毛沢東や、北朝鮮の金正日の礼賛記事を読むようではないか」と言ったこととは違っていた。
いざという時に気骨を見せたのは、『産経新聞』だった。『産経新聞』は、他の大手新聞各紙が報道せず、国の根幹を網羅したもので、反体制派の筆頭と言える記事を書いていた。本当の反体制派は、いざという時にどういう行動を取るかで決まるのではないのか。『朝日新聞』は逆に、いざという時には翼賛紙になり体制派べったりになって、毛沢東、金正日への礼賛記事のようなことを書いていた。
『主権在米経済』152頁から157頁に、小林興起への各紙の回答が掲載してある。まず驚くことが、『日本経済新聞』からの回答が掲載されていないことだ。
『主権在米経済』157頁(太字は原文)
なお、「日本経済新聞」は、社長室広報グループ長の高橋氏より電話があり、
「個別の記事に具体的なお答えをすることは、社としていっさいしていないのでお答えできません。大学教授からもよく質問状をもらいますが、すべて答えていません」
との返事をもらった。
152頁からの『朝日新聞』、『毎日新聞』、『読売新聞』、『産経新聞』の各紙の回答では、『産経新聞』の回答が最も文量が多く、真摯な回答をしている。
『主権在米経済』158頁
「産経」は広報部長の高山氏が入院中にもかかわらず、返事をしていただいたことに、まず感謝申しあげる。また、回答の内容も他紙と比較して真摯sincereに、この問題を扱っていることがわかる。
『産経新聞』は「総合企画室広報部長、高山克介氏」署名の回答が、『主権在米経済』の154頁から157頁に載っている。1から6までの回答を載せている(原文では丸数字です)。1には『年次改革要望書』とアメリカ化グローバリズムの記述がある。2には以下の記述がある。
2「『年次改革要望書』」をめぐる日米規制改革・競争政策協議は、ブッシュ政権になった2001年6月、日米首脳会談で合意し創設されましたが、クリントン政権時代の1997年から4年間続いた日米規制緩和協議に代わり設けられたものと聞いております。日米協議に関する記事の本数についてはデータベースに若干の不備もあり、正確な数字はわかりませんが、2002年10月から2005年3月までの間に確認できた記事は17本を数えています。2005年4月以降の分も含めると20本を超えるのではないかと思われます。
3には「小泉劇場」とネット時代の選挙戦術の記述がある。4には「報道記者のサラリーマン化」の記述がある。5には「記者クラブ制度」の記述がある。6には広告主が報道・記事にクレームをつけるケースの記述がある。『産経新聞』からの回答の最後に、以下の記述がある。
『主権在米経済』157頁
以上です。病気のため入院しておりましたので、質問に対する回答が大幅に遅れましたことを深くお詫び致します。よろしくお願い申し上げます。
『産経新聞』だけが小林興起からの質問に全て答えている。『朝日新聞』からの回答は152頁に載っていて、『AERA』2005年4月18日号に掲載していたと回答してある。これは『朝日新聞』への質問状であるのに『AERA』に載せていることを回答にするのならば、『朝日新聞』の主張と『AERA』の主張は同等のものだと『朝日新聞』が認めたということなのだろうか。普段は『朝日新聞』紙は高級紙だと思い込み、『AERA』のような低級雑誌とは違うという認識でもあるかのように思えるのに、都合のいい時は『AERA』を持ち出すのかと勘ぐってしまうのだが、どうなのだろうか。
『AERA』を回答にするのならば、『産経新聞』は『正論』で回答してもいいのだろうか。関岡英之『奪われる日本』(講談社現代新書)第5章の「M&A推進派はなぜ「日本」を売りたがるのか」は、『正論』2005年5月号に掲載されたものだ。
他の、『毎日新聞』、『読売新聞』の回答も『産経新聞』の回答に比べれば、内容がないものになっている。小林興起は『主権在米経済』158頁で「さて、ここで私が問題にしたいのは、ほぼどの社も個別の記事に関しては明確な回答を避けたことである」と書いてあるが、『産経新聞』の真摯な回答だけが目立っていた。
『産経新聞』は『年次改革要望書』関連の記事を載せて、ただの親米保守でなく、いざという時には反体制派になり、反米記事を載せるということだ。
2008年2月掲載