ウェブ上の性知識情報を切断した山崎マキコ

山崎マキコの時代遅れの性知識・性教育論がはてなで称賛されている。以下の記事は、ウェブ上の性知識の認識もない情報弱者の山崎マキコが、女子高生に情報弱者と言っているというお笑いの記事だ。山崎マキコは、現在使われている情報弱者の意味も分かってないのだろう。

文藝春秋編 日本の論点:山崎マキコの時事音痴 第236回子供にとっての性的世界

http://www.bitway.ne.jp/bunshun/ronten/ocn/sample/onti/100902/index.html

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http://b.hatena.ne.jp/entry/www.bitway.ne.jp/bunshun/ronten/ocn/sample/onti/100902/index.html

山崎マキコは以下のことを言っている。

http://www.bitway.ne.jp/bunshun/ronten/ocn/sample/onti/100902/index.html

「“69”って、具体的にどうやんの?」
 しかしもはや想像だけでは処理しきれない。
 そんなときのわたしたちの先生役が、田村ちゃんだった。
「田村ちゃんなら知ってる?」
 すると田村ちゃんがいつものようにへらへらと笑いながら、図解して教えてくれる。
 つまり、この雑誌と田村ちゃんだけが、わたしたちの情報源だったのだ。
 性の世界は、旧ソ連の赤いカーテンのむこうぐらいに、情報がなかった。

そして最後に、山崎マキコはその時代遅れの性知識の問題を現代の女子高生にも当てはめて、「女子高生たちはそれに対する情報を持たされていないというのは、ずいぶん酷い話ではないか? 情報弱者であるのだ、女の子たちは」と言っている。山崎マキコの言っていることは、明らかにトンデモと言っていい。現在、情報弱者という時にはウェブの情報リテラシーを指すことは当然のことだが、山崎マキコはそこがすっぽりと抜けている。

山崎マキコは当時の性知識について、「性の世界は、旧ソ連の赤いカーテンのむこうぐらいに、情報がなかった」「聖書の勉強をする求道者と同じぐらいの熱意で、わたしたちは不安から未知なる世界を暗中模索していた」と言っているが、それと現代の状況があまりに違うことは明白なことだ。

ウェブがもたらした影響について様々なことが言われているが、その代表が性表現だ。これは成人についてもそうで、ウェブ上では無修正の性表現も簡単に見ることができる。はてなで山崎マキコの記事が称賛されているのは、東京都の漫画規制に対する批判とつながっているからだが、漫画を称賛するあまりにこんな山崎マキコのトンデモ論にさえも賛同してしまうところに、はてなにいるような規制反対派の論理の弱さがある。

当たり前のことだが、商業出版の漫画や山崎マキコの記事にもある『ポップティーン』は性知識や性教育のためにあるのではない。それでも、山崎マキコの時代には性知識を得るために有益なものだったのだろう。しかし、時代が違う。今は田舎の女子高生であろうと、情報リテラシーのある者ほど、ウェブ上で有益な最新の性知識を世界中を駆け巡って得ることができる。性知識の論文検索をして、論文を読むこともできる。性知識で、青少年向け雑誌や漫画にしがみつく理由はない。

山崎マキコの記事にある「“69”って、具体的にどうやんの?」というのは、現在ではシックスナインで検索すれば済むことだ。ウィキペディアには画像付きで説明してある。雑誌や漫画よりも、ウィキペディアの性情報の個別の項目のほうが遥かに信頼できる。漫画は描写が多いが文字情報が少なすぎるので、性知識を得るための情報も少なければ、不確実な情報が多すぎる。山崎マキコのような時代遅れの漫画家が書いたものであれば、現代のウェブで得られる性知識の現実を無視して、間違った性知識が植え込まれる恐れもある。

漫画の表現の自由が制限されることへの批判で漫画規制反対を言うあまりに、時代遅れの漫画de性知識にすがりつくようではお終いだ。今の時代に重要なのは、漫画や雑誌よりも遥かに性知識の有益な情報があるウェブ上へのアクセス能力を向上させる情報リテラシーだ。

今の時代の情報弱者の問題とは、雑誌や漫画などの旧媒体にすがりつくのではなく、ウェブ上の情報リテラシーを言うのは常識だ。高度情報化社会の文脈で言う情報弱者は、山崎マキコのように雑誌にすがりつく旧時代の思考を批判して言うことだ。山崎マキコの記事を読むと、デジタル・ディバイドで問題になる情報格差は山崎マキコのような者がいるからだと、つくづく思う。

普段、情報弱者を批判しているはてな民が、明らかに旧媒体にしがみ付いている情報弱者の山崎マキコを批判しないのが不思議でならない。性知識の問題を商業出版の利益に摩り替えるかのような、山崎マキコの記事は批判しないといけない。ウェブ上の情報を切断するのは、現代の性知識のありようを考えていないからだ。現代の性知識や性教育問題を真摯に考えるなら、情報リテラシー能力の向上のために、ウェブ教育の充実をするべきだ。

2010年12月掲載


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