「作られた伝説―神戸レイプ多発報道の背景」

東日本大震災が起こったことで、阪神・淡路大震災で強姦レイプが頻発したというデマがまた流れている。それについて、発端となった「女性のこころとからだ」の電話相談の件の「物語」を全国的に流布した当事者のHに与那原恵が取材をしている。

男女共同参画局もこのデマを誤って追認してしまっているので、非常に質が悪いデマになっている。国は不逞鮮人暴動デマで朝鮮人虐殺につながったとの反省がなく、また不逞鮮人暴動デマにつながる強姦デマを載せている。

【12.新たな取組を必要とする分野における男女共同参画の推進】

http://www.gender.go.jp/danjo-kaigi/keikaku/2-12.pdf

(2)防災・災害復興の【現状・課題】に「阪神・淡路大震災時、「女性のこころとからだ」電話相談(民間・無料)に寄せられた件数(1995年2-6月の計)として、「レイプ/レイプ未遂」の件数も書いてある。

与那原恵「作られた伝説―神戸レイプ多発報道の背景」『物語の海、揺れる島』(小学館)[初出…「被災地神戸『レイプ多発』伝説の作られ方」『諸君!』1996年8月号]、に書いてあることの抜粋は以下(詳細は、本書を参照)。

  • 被災直後の神戸でレイプ事件が多発したというニュースは、多くのメディアで報道された。しかし、被害者はもちろん診療にあたった医師、事件を扱った弁護士さえも分からない。レイプ事件の具体的事実の情報源は、たったひとりの人物であるHであることが分かった。雑誌や新聞の報道記事には、すべてHの電話相談「女性のこころとからだ」で受け付けた事例が紹介されている。全国紙でもっとも早く大きく取り上げた『朝日新聞』の記事も、Hが与那原恵に話した内容と一致している。
  • 兵庫県警が強姦事件があったと聞いてすぐに駆けつけたが、その事実は一切なかった。他のその類の話がたくさんあって所轄署も調べたが、結局は噂だけだった。兵庫県警によれば、強姦事件は例年と同じく起きてはいるが、とくに震災直後に被災地域で強姦事件が多発したという事実はない。
  • 与那原恵は関西でよく知られる女性団体の「被災女性を支える女たちの会」「性暴力を許さない女の会」「みずグループ」といったところに問い合わせたが、震災後のレイプ相談はのきなみゼロだった。他にも、「犯罪被害者相談室」、公的機関の兵庫県「こころのケアセンター・震災ストレスホットライン」もレイプにかかわるものは一件もなかった。兵庫県立女性センターでは、震災後半年で一万五五三件の相談があったが、レイプに関する相談は一件で、相談者が途中で切ったので内容は分からなかった。
  • 震災からひと月後の混乱している町のどこでチラシ三千枚ものコピーができたのかという問いに、Hは「……えーと、友達の事務所」と言った。三千枚ものコピーをして、しかもHはそれを東灘区の避難所などに配ったと言ったが、東灘区の震災直後の避難所の様子に詳しいボランティアセンターの職員に聞いたが、そんな数が撒かれれば相当目立つのに一枚もHのチラシを見ていないと言われたことに、Hは「最初は百枚だったかな」と言った。フェミニズム団体の「ウィメンズネットこうべ」の正井礼子もチラシを受け取った人物にはひとりも会っていない。Hの「活動」が全国的に知られるきっかけは正井がつくったと言えるが、その正井はHのことをほとんど知らなかった。
  • Hは、他にも様々な曖昧なことを言っている。一日数千本もの電話がひとつの回線に集中すると起こる輻輳のことを言われると、Hは相談件数はあいまいかもしれないと言った。Hが相談を始めた時期についても、二月十七日からと言ってるが、その時はHは知り合いの家に避難していて落ち着いたのは四月末か五月だという証言があると言われると、Hは、始めた時期はちょっとはっきりしないと言った。
  • Hのレイプの話は神戸の噂と一致していると言われると、Hはいたずらの電話相談かどうかなんて自分には分からないと言った。相談件数もレイプ相談の内容もまったく根拠のないものなのかと言われると、Hは与那原恵に「あなたがそう思うなら、自由に書いてもらっていいですよ」と言った。Hは、電話相談を受けていたのは自分ひとりだったと認めた。
  • Hの夫は阪神大震災の朝、妻は仕事で外に泊まって家にいなかったと言ったが、その時は家にいたと話していたHの話とは違うものだった。Hの電話相談は、実は「若い子からではなくて、中年やおばさんの愚痴ばかりだった」ことを認めた。

阪神大震災での強姦が多発という「物語」を多くのメディアが報道した。『神戸新聞』『朝日新聞』『日刊ゲンダイ』『日刊スポーツ』『週刊文春』『月刊現代』『FLASH』などや、関西地方などのテレビでも報道された。1995年11月29日付けの『朝日新聞』の社説は、「女性はどんな暴力も許さない」としてHの根拠薄弱なレイプの件数を載せた。こういう報道媒体は、特に真摯な取材をせずに報道してデマを拡散すると言う意味では、関東大震災朝鮮人虐殺事件当時のデマ拡散時の報道心理と大して変わっていない。

デマは人種差別問題であれ、レイプ多発というデマであれ、どんなデマであっても批判するべきだ。しかし、ネット上を見てもレイシズムのデマには厳しく批判するが、レイプ多発デマには批判しないという層がリベラルなる層にかなり多い。『朝日新聞』が戦前に戦争を煽りに煽りまくった新聞であることは歴史上の事実だが、阪神大震災のレイプ多発のいい加減な数値を社説にまで載せた『朝日新聞』は、戦前から変わらず大衆が興味を引けばそれでいいという大衆迎合新聞の面目躍如になっている。

震災から一ヶ月以上経ったが、今回の東日本大震災では被災地で強姦が多発というデマを、大手のメディアが流すということはなかった。「朝鮮人が井戸に毒を入れた」というデマと「レイプが多発している」というデマは根源的には同類の群集心理なので、レイプ頻発デマには何も言わないのは、レイシズムのデマにも簡単に流される類の者たちなのだろう。朝鮮人のデマもレイプのデマもネット上で流れているのを見ても、ネットde真実のデマは碌なものがないが、阪神大震災当時は大手のメディアがレイプ多発のデマを流しまくっていたので、大手メディアもネット上のデマを偉そうに批判できる立場でもない。

男女共同参画局までHの「女性のこころとからだ」の根拠薄弱で曖昧すぎる電話相談の件数を誤って追認しているのを見ると、強姦レイプが多発という「物語」は拡散されやすい性格のものであることが分かる。

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1923年(大正12)9月1日の関東大震災の発生直後の午後から、朝鮮人が井戸に毒を入れたなどのデマが出回り、虐殺された朝鮮人は約6000人と推定される。「不逞鮮人暴動」などのデマを当時の新聞が流し、出所の一部は警察や軍隊でもあった。自警団の中には、警察の指導下で組織された団も多かった。そして、この「不逞鮮人暴動」は強姦デマもあり、不逞鮮人がわが日本女性を強姦しているから許せないといったデマだ。これは、在特会などの反韓ヘイト団体も使ってきた手法で、「不逞鮮人に日本女性が強姦されるから、ゴキブリ朝鮮人は排除しろ、在日特権は許せない」というものだ。つまり、強姦デマは反韓ヘイトに今でも立派に使われているのである。

反省の女性学とはに、当サイトの反省の女性学の趣旨を書いています。

2011年4月掲載


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