障害者ハラスメントとは何か

今までセクハラと言えば、男が女性にするものだから女性は被害者と当然視されていたのが、性的指向と性自認にもセクハラとやっと改正され、異性愛女性が同性愛男性にセクハラすることの対応も始まった。やっと、多数派女性の加害性が認識され始めたのだ。

異性愛女性から同性愛男性もセクハラに改正

それでは、障害者はどうだろう。この障害者ハラスメントこそが、ハラスメントの中でも最も深刻なことだ。それなのに、健常異性愛女性へのハラスメントこそが最も深刻だと偽装されてきたのは、女たちの数が多く声が大きいからで被害の深刻さからではない。

歴史的な差別を持ち出すなら、障害者は私宅監置で閉じ込められてそこから出ることはできなかったし、日本の女性運動の旗手の平塚らいてうが断種を支持したことを考えれば、女たちは障害者への加害史を直視するべきだろう。

女性へのセクハラの時だけ女性差別の歴史を持ち出して女性への被害を強調しておきながら、障害者の時には障害者差別史を無視することができるわけがない。

結局、ハラスメントと言えばセクハラになり女性が被害者となって、障害者のことなど全く考えないで来たから問題なのだ。女性が被害者の場合の女性とは、健常者で多数派の女たちのことで、その女たちこそが「被害者」であるときたのだ。

セクハラでは男性社員が女性社員に君の入れてくれたコーヒーおいしかったよと言ってもセクハラになるので、障害者ハラスメントはこれより厳しくする必要がある。健常女性に対する被害よりも障害者のほうが歴史的に差別されてきたから、その是正が必要だからだ。

障害者に「お手伝いしてくれてありがとう」と健常者が言うことは、障害者ハラスメントである。これは、女性差別のジェンダー論の障害者への転化だ。障害者は手伝いの対象でしかないという補助の位置に貶めている。

女性を手伝いの補助の対象として軽く見ている男が気に入らないからセクハラが通るのに、障害者を手伝いの補助の対象として軽く見ている健常者が気に入らないのが障害者ハラスメントにならないことが、おかしいわけだ。

健常者の語感や表情から、障害者は手伝う位置にいるのがふさわしいという気持ちが少しでもあれば、障害者ハラスメントでその健常者は懲戒解雇にもなるべきだ。

これが息苦しい社会だと?コーヒーに感謝の意がセクハラになることは是認しているのだから、障害者ハラスメントはそれよりも、もっと厳しくするべきである。

女性社員をちゃん付けで呼んだだけでセクハラと厳しく断罪されるのだから、障害者に対するハラスメントは障害者差別史から考えて、もっと厳しく断罪されないと人権の整合性が全くなくなる。

そして、今までの健常者の女性はハラスメントの被害者であるとしてきた捏造を是正するために、健常者女性から障害者に対するハラスメントも厳しくなってこそ、障害者ハラスメントの周知が徹底する時だ。

ハラスメントは、決して、多数派の健常者の女たちにとっての武器ではなく、本来はもっと障害者などの少数派にとっての武器になるものでないといけない。

ハラスメントの告発の武器を障害者に返すべきである。

反省の女性学とはに、当サイトの反省の女性学の趣旨を書いています。

2017年2月掲載



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