日本女性の買春と処女性

『日本歴史大事典』(小学館)に「陰間(かげま)」と「男色」の項目がある。どちらの項目も、鈴木章生が書いている。

陰間の項目には少年の陰子(かげこ)に関して、以下の記述がある。

後家や御殿女中を相手に男を売ったりもした。

男色の項目には、以下の記述がある。

江戸では芳(よし)(葭)町を筆頭に市中に陰間茶屋がたくさんあり、美少年は女性客に男を売って商売をした。

日本の売買春の歴史で、男が女を買春してきたとしか言わずに終わらせることはできない。日本では、江戸時代にすでに、女性買春者が自らの性欲を満たすために、男性売春者を買春していたことを直視しないといけない。日本女性の貞操観念で言われる大半は、俗説にすぎない。

現代の日本で女が出張ホストの男を買春したり、海外のバリなどで、日本の女性が現地の男性を買春してきたことなどを考えても、買春を「男の暴力」だけで終わるのは不十分だが、歴史的に見ても、江戸時代にすでに女による男の買春が行われていたので、買春と男の暴力という単線的な批判は日本では不十分すぎることだ。

売買春問題でよく出てくる処女性についても、有名なルイス・フロイスが言ったことと、それに網野善彦が応えているものがある。

ルイス・フロイス『ヨーロッパ文化と日本文化』岡田章雄訳注、岩波文庫

第二章 女性のその風貌、風習について

1 ヨーロッパでは未婚の女性の最高の栄誉と貴さは、貞操であり、またその純潔が犯されない貞潔さである。日本の女性は処女の純潔を少しも重んじない。それを欠いても、名誉も失わなければ、結婚もできる。

網野善彦『日本の歴史をよみなおす(全)』(ちくま学芸文庫)の145頁には、このフロイスの記述について「そこで詳しくフロイスの指摘を検討しているうちに、私は、どうもこれはみな本当のことなのではないか、と思うようになってきました」と書いてある。そして、検討した記述の後に以下のことを書いている。

網野善彦『日本の歴史をよみなおす(全)』ちくま学芸文庫、154-155頁

 そしてこのように考えてきますと、フロイスが「日本の女性は処女の純潔を少しも重んじない。それを欠いても名誉も失わなければ結婚もできる」といったことも、決して不自然なでまかせとはいえませんし、「日本では娘たちが両親に断りもしないでどこでも出掛ける。妻は夫に知らせないで出掛ける」というのも十分あり得ることだといえそうです。
 ですから、フロイスの記述は、この点でも決して不正確ではないと思います。ただこういうふうにずばっと書かれると、私たちはびっくりしてしまうのですけれども、むしろこれを事実とした上で、当時の女性の問題を考える必要がある、と私は考えます。

赤松民俗学のことも考えると、日本で女性全体に処女性が求められるようになったのは、日本史の中でも極最近のことである。

赤松啓介『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』ちくま学芸文庫、116頁

 私のオヤジなどは、夜になると隣近所のムラから娘や女たちが二、三人連れで現われ、家の廻りをウタいながら誘い出しにきたそうで、祖母が聞かせてくれたのだからタシカなもんだ。夜這いは男が行くだけでなく、女の方からも通ってきたのである。俺は百人斬りがすんだという若衆がおり、「なんや、そんなもん、うちら十七で男の百人抜きぐらいしたぜえ」と、おばはんに叱られていた。「へえ、俺で、なん人抜きや」「お前か、千人めぐらいやろ」と脅かされる。私の在所では若衆が女の百人斬り、女が男の百人抜きを基準にしていた。千人になると盛大に祝宴を開いて、「千人供養」をしたそうである。ほんまかいな、と疑ったら、いろいろと事例を教えてくれた。

『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』には、夜這いの様々な具体例が書かれている。日本の夜這い文化を自身で体験して、最も掘り起こし、そして、それらを記してきたのが赤松啓介だ。

女性が男たちに処女性を求められて、女性の性が縛られきたのが日本で、極最近になって、やっと女性の性が解放されたというのは、歴史認識が完全に間違っている。女性の性の解放が先進的と言う時には、今現在よりも、過去の日本のほうが先進的だったことが散りばめられていたこともある歴史の史実を直視する必要がある。

処女性が大衆に向かって女性一般に向けられるようになったのは日本では極最近のことで、日本の女性への性の抑圧は、日本では「発見」されたと見たほうが近いだろう。元からあったものではなく、日本の女性は世界でもかなり自由に性を謳歌できていたと見るのは、大衆の娘の視点ではそうなる。

昭和になっても炭鉱では女性が上半身裸で、その昭和の炭鉱の時代でも混浴であったのは、山本作兵衛の筑豊の炭鉱での描写が記憶遺産に残ったことでも分かる。『古事記』の天岩戸神話でも、天岩戸にこもった天照大神を引き出すため、女神の天鈿女命(あめのうずめのみこと)がしたのは、日本最初のストリップだ。神話から女性の性の解放がある性的儀礼が行われている国が日本である。

日本の女性の性が歴史的に抑圧されてきたと言うのは、かなり酷い歴史修正主義、ジェンダー修正主義を相当に含んでいる。

反省の女性学とはに、当サイトの反省の女性学の趣旨を書いています。

2011年6月掲載



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