小川たまかは在日認定と同レベル

高畑裕太が容疑者であり被疑者の段階であるのに、すでに高畑裕太が強姦魔として確定して私刑にしている光景がありふれている。

「私はこの、レイピストである俳優の母の涙は理解できません」 ジェーンさんからの電話
http://bylines.news.yahoo.co.jp/ogawatamaka/20160829-00061632/

小川たまかは、なぜこんな記事を載せているのか?

小川たまかと田房永子は警察権力の犬で痴漢抑止シール肯定にも書いたが、小川たまかは性犯罪のことになると、法を一切無視して私刑リンチにするのを正当化するのか?

「レイピストである俳優の母」とは何か?誰が確定するのか?小川たまかか?高畑裕太は被疑者であるので、まだレイピストであるかは確定していない。この法の原則を無視すると、どうなるのか。

性犯罪になると、震災でよく出てくるのが、朝鮮人が強姦し回っているというデマだ。被災地の性犯罪と強姦デマが関東大震災朝鮮人虐殺に繋がったに書いてあるが、関東大震災朝鮮人虐殺は約6000人である。そして、不逞鮮人が強姦しているというデマによって多くの朝鮮人が虐殺されたのだ。

性犯罪が絡むと、フェミニストたちは普段言っていることの正反対の姿勢になることがよくある。警察権力の批判をするのならそれは一貫しないといけない。しかし、被疑者段階でも性犯罪者であれば、法を無視して私刑で断罪する。

この延長で、朝鮮人虐殺が起こったのだ。小川たまかだけではなく、性犯罪であれば法を無視する私刑が盛んに行われているので、関東大震災朝鮮人虐殺と何が違うのか?社会の反省が全く不足しているのは、性犯罪となれば、朝鮮人とか在日韓国人と結び付けて叩くことの反省だ。

今回の高畑裕太に関しても、朝鮮人とか在日韓国人という在日認定が出回っているが、それについてはどう思うのか?

警察は今まで冤罪を繰り返したきたし、裁判所も検察もそうである。冤罪から守るべき弁護士でも、冤罪に加担してきている。高畑淳子が「被害者とされる女性」と言ったのは、まだ確定していないのだから当然の発言だが、なぜこれが批判されるのか?

法を無視した私刑リンチをこれほど肯定すれば、女性にそれが跳ね返ってくることも分からず、性犯罪になると私刑リンチをしまくっている。これは、性犯罪がそれだけ酷いから仕方ないで肯定するとどうなるのか?結局、それが、朝鮮人虐殺につながったのだ?

朝鮮人虐殺史は大したことないから、性犯罪で私刑リンチにしろとでも言うのだろうか?テレビの報道が間違っているとして、小川たまかの「私はこの、レイピストである俳優の母の涙は理解できません」と題してテレビで報道しろと言うのか?被疑者段階で?

小川たまかの言ってることは、何か犯罪が起きると在日認定をして在日韓国人叩きをするのとほぼ同じではないのか?女性を守らなければと朝鮮人憎しが重なって起きたのが、関東大震災朝鮮人虐殺であった。その朝鮮人虐殺の亡霊が、再び小川たまかのような似非フェミニストに乗り移ったわけだ。

性犯罪被害者叩きが酷いのではなく、日本で最も被害者叩きが酷いのは在日韓国人叩きであることを理解しているのだろうか?それを認識していても認めたくないのだろうが、在日韓国人が差別されるのはチョンが悪いとか平然と大量に言われることをどう思っているのか?

自分が思う正義の反女性差別のためならデマでも私刑リンチにでもする似非フェミニストを、学者フェミニストは少しは批判してはどうか?小川たまかが言ってることのその先には、警察の冤罪も大容認の私刑リンチ社会が待っているだけだ。

反省の女性学とはに、当サイトの反省の女性学の趣旨を書いています。

2016年8月掲載



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