ネトフェミの実像とその実態

ネトフェミがしていることは、社会的少数者の在日韓国人を叩きながら、日本では日本人こそ差別されているなど頓珍漢なことを言っているネトウヨにそっくりである。ネトウヨにそっくりだから、排外主義になる。ネトフェミは自分に適う女性差別なるもののためには、極右とも容易に近付き、偏狭なナショナリストにもなるのである。

関連:被災地の性犯罪と強姦デマが関東大震災朝鮮人虐殺に繋がった

ネトフェミとネトウヨが似ているのは、権力の勾配を考えないで、権力側にいるのに自らを被害者と思い、被害者叩きをするなと言うこと。何でも朝鮮人叩きで在日韓国人に何でも詰め寄り、何でも女性差別で健常者女性と障害者間の権力の勾配を考えずに、健常者女性への被害者叩きをやめろと言う。ネットで特に声が大きい二大害悪はネトウヨとネトフェミだが、ネトウヨ批判はここでもあらゆるところでされているので、ネトフェミというネットの害悪の代表について書いている。


ネトフェミの実像とその実態について、具体的にネトフェミ個人を出して書いていく。ネトフェミを批判するために、多数派の「男性差別」を出すとバックラッシュに近くもなるので、男性差別のことは書いていない。ここの反省の女性学は男性差別を書いているのではなく、多数派の女たちがどれだけ少数派を抑圧してきたかを主に書いている。ネトフェミという用語はTwitterで検索すると、2010年から使われている。ネットフェミの略だ。最近、特にネトフェミと言われるようになったきっかけは、以下のぽこなん https://twitter.com/pokonan1 = にーにー https://twitter.com/00kate22の記事がきっかけになっている。

ルミネのお詫びの下手くそさ - 田舎で底辺暮らし
http://pokonan.hatenablog.com/entry/2015/03/20/234648
http://b.hatena.ne.jp/entry/pokonan.hatenablog.com/entry/2015/03/20/234648

ここで根拠がないことを言って批判されている。この批判の中で注目したいのは、ネトフェミはネトウヨと同類であるという批判だ。NATSU2007と宇野ゆうかの目立った二人のネトフェミを出して、それを実証していく。ネトフェミに共通するのは、多数派の女たちが少数派を抑圧し、差別し、人権を蹂躙してきた歴史的・現実的な事実を知らないか、目を背けていることだ。人権問題の深刻度は、少数派になるほどに増すのが基本的な原則だ。ネトフェミのNATSU2007は女性の人権はさんざん言いながら、健常者の女たちが障害者をどれだけ差別してきたかに全くの無知である。ちなみに、NATSU2007はシナリオライターの高橋直樹を2ちゃんねるで執拗に叩いていたが、そのことも書いている。

https://twitter.com/NATSU2007/status/371675641856290816
@yamtom 私もそう思います。ただ、女性差別におけるアファーマティブアクションは、人種差別や障害者差別における「優遇措置」より理解されにくい(より被差別者に対する憎悪をかき立てる)気がしており、非常に難しいとも考えています。9:49 - 2013年8月25日

https://twitter.com/NATSU2007/status/371680021661753344
@yamtom 男性と女性の問題を白人と黒人に置き換えないと理解されない事があったり、「障害者枠があるのは当然だが女性枠はおかしい」と言う人がいたり、障害者枠は助成金が出てるけど女性枠はそこまでいってない事などを考えると、「数的には最大のマイノリティ」というのがネックなのかなと。10:06 - 2013年8月25日

NATSU2007は、全く正反対のことを言っている。オリンピックとパラリンピックで考えると分かりやすい。1900年の第二回のパリのオリンピックに、女子選手は出場していた。近代五輪の始祖のクーベルタンは「より高く・より強く・より速く」と言ったが、それを本当にすると、女子選手がオリンピックに出られなくなる。オリンピックに女子選手が出て活躍できているのは、男子とは別に女性枠を作っているアファーマティブアクションの一環だ。しかし、障害者は女子選手のオリンピック参加から120年経った東京オリンピックにも出られない。

健常者の女と障害者の間には120年もの人権の断絶があり、分断されているのだ。健常者の男女でも混合でなく女性枠があるから、オリンピックに障害者枠を作ればいいだけだ。しかし、障害者は健常者にはスポーツで勝てないからと言って出さない。それを言うなら、女子選手は男子選手に勝てないからオリンピックには出さないも通るのに、障害者だけは放置されてきた。スポーツの報道での女性蔑視はさんざん言われるが、そもそも、パラリンピックは公共放送のNHKが競技の生中継すらしない。女子選手の競技は生中継しないとなったら、ネトフェミがどれだけ女性差別と騒ぐことか?

NATSU2007のネトフェミ妄想とは逆で、「女性枠があるのは当然だが障害者枠はおかしい」が現実である。ネトフェミが障害者を無視して健常者の女性の「人権」こそ優遇されるべきと言うのをよく見るが、NATSU2007のようなネトフェミの本音は障害者が活躍すると、健常者の女の活躍の場が削がれることを恐れている。オリンピックに障害者が出たら、今まで女性差別の壁があっても戦ってきた女子選手たちという言説が、それより遥かに酷い障害者差別を受けてきた障害者選手が被害者ストーリーで語られるのは当然だ。そして、筋力で動きが速い競技を見るなら健常者の男子、社会の壁があっても闘う選手を見るなら障害者になって、健常者の女子選手はオリンピックであやふやな立場になる。ネトフェミはこれを恐れているのだ。

ネトフェミの致命的なところは、障害者にも女性がいることを考えていないことだ。障害者を応援することは、障害者の女性も応援すること。障害者を考えないNATSU2007のようなネトフェミは障害者の女性のことも考えていない。つまり、ネトフェミが女性の人権を考えているのは全くの嘘である。ネトフェミは障害者の権利が拡充されて、やがて、障害者たちが、健常者の女たちにも牙を向くようにならないかを苦々しく思っている。しかし、障害者権利条約がある現在では、障害者の権利の重要性は増している。今でも、産む産まないは女が決めると言って、障害者の生を無視し、産む選択をする母親がどれだけ辛いかだけが言われている。断種をしてきた優生思想もすっかり無視して、女性の産みの苦しみばかり言われている。

ネトフェミは、私宅監置が何かを知らない。障害者は外出も許されずに、狭い部屋に監置されて一生を過ごすことを余儀なくされた。もちろん、健常者の女性にはこんな制度はない。日本では寺子屋で多くの娘が学んでいただけではなく、女性の3割以上もが師匠になっていた。

牧田りゑ子「女師匠」『日本歴史大事典』(小学館)

芸事などを教える女の師匠。近世も後期に入ると全国的に寺子屋が増大し、とくに町方では多くの娘たちが寺子屋で学ぶようになった。そのため女の師匠も増え、江戸では19世紀初めには女手習い師匠が全体の3分の1を超えていたと推定される。

障害者がどれだけ寺子屋で学べたと思っているのか。乙竹岩造によると、幕末には全国の寺小屋に1割弱の障害者がいたとある。教育の機会均等の深刻度は健常者の女ではなく、障害者のほうが遥かに深刻である。肢体不自由者が義務教育化されたのは、1979年のことだ。人権侵害の深刻度を考えると、健常者の女性よりも大学に進学する壁が遥かに分厚い障害者のための障害者大学のほうが女子大学よりも重要である。戦争時には児童疎開の対象外だった障害児たち、そして、21世紀に起こった東日本大震災でも、障害者は2倍も命を落としている。戦争でも自然災害でも、最大の犠牲者は女性ではなく、障害者である。

NATSU2007のようなネトフェミは、こういう障害者の基本的な歴史の概略も知らずに、「女性は障害者よりも差別されている!」という頓珍漢なデマを平然と言う。NATSU2007は、【はてな】ネトウヨキモヲタヲチスレ17【Twitter】http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/net/1369890485/で、446から576までのコピペでスレの容量を稼いで、このスレを終了させようとしている。

482 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2013/08/29(木) NY:AN:NY.AN ID:ci8Ke89O0
>>445
確認したらマジじゃねーかwwwwwwwwてかあいつかよwwwwwwwwwww
ヲチで中傷してるやつがクレカで●買うとかどんだけヴァカなんだよwwwwwwwwww

NATSU2007は2013年8月27日にツイートした後に、2ちゃんでコピペ連投荒らしした後で、ぱったりツイートがなくなっている。

シナリオライターの高橋直樹

https://twitter.com/naokitakahashi/status/489480624764628992
あーあと、「給湯室の陰口」なんかフェミはしない、みたいなことを言ってたフェミに14スレほど2chで粘着されたこともあったっけなあ。例の●流出事件でバレてぽしゅっとあのスレなくなっちゃったけど。たった一人のフェミにそんなことが出来るんだなあと驚愕し、フェミと2ch両方に驚いた。11:44 - 2014年7月16日

NATSU2007は多数派の女が少数派を差別することを当然視し、障害者蔑視の態度が完全に透けて見え、そして、2ちゃんで匿名で執拗に個人叩きをしていたとは、ネトフェミの鑑みたいなものだ。

もう1人のネトフェミの宇野ゆうかは、当サイトに言及してネトフェミらしさを示していた。

https://twitter.com/yuhkauno/status/459311919443107840
"そもそも実際のゲイ社会と大きく乖離しているBL自体が同性愛差別を助長している"実際の女性と剥離しているAVとかごろごろあるんだけど。/「二次創作のBL小説を書いた罪」で腐女子が一斉逮捕される | BUZZAP!(バザップ!) http://buzzap.jp/news/20140423-yaoi-arrested/ 5:44 - 2014年4月24日

言及してるバザップの記事には、反省しない腐女子にリンクが貼ってある。その腐女子の記事にも書いてあるが、パン子の平成12年12月21日 栗本薫様宛のメールは、BLとゲイの関係性を調べている人にとっては有名なことだ。栗本薫は男性同士の性暴力ファンタジーを描くことが、男性同性愛者のためでもあると言った。この栗本薫からその後のBL作家が育っていったことも考えると、非常に問題である。例えるなら、強姦の描写が多いエロ漫画は女性の人権のために描いていると言うようなものだ。しかし、ゲイは少数派なのでさらに深刻だ。

ネトフェミは「女性は結婚か仕事かで男にはない深刻な悩みがある」などと言うが、そもそも、ゲイは法的に結婚できない。異性愛の多数派の女よりも、ゲイは社会的に格下で生きてきた少数派である。宇野ゆうかは、少数派のゲイへの差別があることを、「だけど、多数派の女にもAVファンタジーを向けているのが男だし」と言っている。そもそも、異性愛AVで女性にファンタジーを向けているのはゲイの男ではない。ネトフェミの宇野ゆうかは、性的指向の差別とその意味すら分かってない。それに、社会的マイノリティへの差別を、「多数派にも差別があるんだし」で片付けるのはバックラッシュがよくやる手法である。

女性への差別があると言うと、男性への差別もこれだけあると言って相対化を図ることには敏感に反応して批判してきたのがネトフェミである。しかし、多数派の女たちが少数派のゲイに向けてきた暴力と差別の歴史を反省しろと人権上で当然のことを言われると、苦虫を噛み潰したような表情で、苦々しい態度で、ゲイを攻撃してくる。宇野ゆうかは、自分で「「俺を傷つけないような言い方をしろよぉ!」という、抑圧者の甘え」 d.hatena.ne.jp/yuhka-uno/20121117/1353141809と書いている。これは、少数派のゲイに対する差別を抑圧者である多数派の女たちに傷つけないように配慮しろよと同然のことを言っているネトフェミの宇野ゆうかに向けた自虐か?以下のコメントのゲイ叩きにも似たことを言っているのが、ネトフェミの宇野ゆうかだ。

twitterトレンド一位にまでなった、溢れ出る"ホモォ"にリアルゲイが一人思うこと。
http://togetter.com/li/289886

宇野ゆうかはダサピンクも言っているが、複数の調査結果でピンク好きな女性が多いという結果が出ている。私は街でピンクの女性を見ないからと言っているが、個人的な経験を全体に当てはめるのは青少年犯罪の凶悪化説で見ることだ。若年層の殺人率は戦後激減したが、未だに凶悪化説があるのは、私の周りの実感では~と個人を全体化するのが絶えないからだ。この凶悪化説もネトウヨがよく言っているが、調査結果よりも個人の体験を優先するのはマスの女性のターゲットでやることではない。しかし、ダサピンクで言っている権力層の指示に従わざるを得ない層のもがきをゲイに対しては平然と言っているのだから、自分が言っているダサピンク案件をゲイには向けていることも分からないのはネトフェミらしい。

ネトフェミがネトウヨと類似していることがよく分かる。ネトウヨは「大東亜戦争でアジアは団結して侵略者の白人に戦いを挑んだ」と言っている。しかし、実際には当時の日本人はアジア人を蔑視した態度を取っていた。それを言われると、ネトウヨは白人社会の植民地主義のためには仕方なかったなどと言う。ネトフェミは、男社会から女性を解放するための女性の人権の確保のためには、少数派への抑圧は仕方ないという態度である。大東亜戦争史観とネトフェミ史観は、大きな戦いに挑む者たちは、「小さな問題」には見て見ぬフリをしても構わないという意味で、よき仲間である。大東亜戦争史観での史実の誤りが散々批判されているのは周知のことだ。ネトフェミ史観での多数派の女たちの少数派への抑圧の歴史は、まるでタブー視される。そして、女性の人権を前面に出せば、あらゆることが無問題にされる。

女性が団結しているのに分断するのは自虐史観と言うほどの勢いである。しかし、そもそも、少数派を分断し、女性間も分断してきたのは、ネトフェミのような多数派の女の暴力を無視してきたからだ。多数派の女の自業自得で、女性間も分断しているのだ。フェミニズムによって最大に恩恵を受けてきたのは、生まれながらに恵まれた環境で育った白人の女であって、そういう女たちは、女たちが少数者を抑圧してきた歴史についてかなり鈍感であるか、意図的に無視している。白人の女が指導してきたフェミニズムはトリクルダウンであり、黒人女性から批判されたが、今でも一向に改善されない。アメリカの女子サッカーは何度も優勝しているが、白人の女だらけである。しかし、その白人の女の活躍を見て、「これこそ女性の力」というレイシズムが跋扈している。

フェミニズムとレイシズムは親戚のようなものだ。有名な女性器切除では、白人の女たちが指導と称して女性器切除をやめるように乗り込んだら、レイシズムが丸出しになり批判されたことがある。普段はレイシズム批判をしながら、女性差別反対という「大目的」があると、途端にレイシズムが滲み出てくるのがフェミニズムの歴史でもある。日本のネトフェミ現象を見ていると、障害者に差別が甚だしいのを見るだけでも、白人フェミニズムの少数派抑圧を批判できるほどの正義があるのか?さらに、同和問題を出すと複雑だ。日本で歴史的に最も差別されてきたのは、同和の被差別部落者だ。そして、現実で最も差別されているのが障害者だ。その同和の人たちの中でも、同和利権を批判している。同和の研究者でも、同和差別が緩和していくに従って、差別の主張を弱めることも言っている。

『週刊朝日』の橋下徹への甚だしい同和差別があっても、ネトフェミが「今は同和差別はなくなった。女性は同和のように主張するべき」などと言っているのを見る。その同和は歴史的に最も差別されても、ネトフェミのように理不尽な主張はしていない。ネトフェミは映画やドラマ、漫画やゲームなどでの女性主人公の活躍を言うが、江戸時代での同和の描写が一切ないことが当たり前のことをどう思うか。障害者の主人公など、考えてもない。貧困問題は障害者こそ深刻だが、女性の貧困ばかりが取り上げられる。選挙権は女性以外でも制限されてきて、欠格条項に該当すると制限されるが(選挙権は性別制限でなく欠格条項に該当するかどうか)、選挙権の制限となると話題は女性ばかりである。障害児保育のことを考えたことがあるか。

ネトフェミに言及する時に、学者フェミニストはまともであって、ネトフェミが問題というが、そんなことはない。学者フェミニストとネトフェミはつながりがある。日本の代表的学者フェミニストできた上野千鶴子は、『マザコン少年の末路―男と女の未来』で自閉症とマザコンを結び付けているし、上野千鶴子は何度もゲイ蔑視のゲイ叩きをしているし、障害者から抗議されたこともある。今はTwitterで学者フェミニストがつぶやいているが、ネトフェミと似たことも言っている。男女の非対称性の権力を述べるジェンダーと、人類の進化の歴史を混同するのもよく見かける。権力論では人の生理現象は変えられない。分かりやすいのが、農耕だ。およそ1万年前に農耕を始めたのに、未だに穀物を食べると人は血糖値が急上昇して血管が傷付くのを防げないのは、たった1万年では生理現象が変わらないからだ。

それなのに、草食系男子で性欲がないなどと叫びたてれば、性欲という人類の生存意思が変わると思う浅はかさよ(そもそも、草食系のウサギを見ても性欲旺盛だから名称からして間違っているが)。ネトフェミも学者フェミニストも、ジェンダーという権力論で生理現象の変化まで語るのを見ると、どちらも似たようなものである。進化心理学などの知見は、これからどんどん積み重なっていく。1万年経っても穀物を処理できないなどの生理学的事実ともジェンダーは共存しないといけない。人の生理現象は農耕以前の進化にプログラムされて、約700万年の歴史のうちの農耕後の1万年では穀物処理の生理現象は変わらなかったということだ。しかし、ネットが普及していくことでネトフェミの勢いはネトウヨのようにウヨウヨ沸いてきている。

ネトフェミにとっては、女性差別のためには生理学的事実など関係ない。NATSU2007と宇野ゆうかの両ネトフェミを見ていると、1万年も経っているのだから穀物に順応して血糖値の上昇が緩やかにできるように人類は容易に進化しているはずだが。人類は100年も経たずにジェンダー言説で身体が変わるのか?ちなみに、ネトフェミはジェンダー言説を得意気に言っているが、「ジェンダーがセックスを規定する」の意味すら分かっていないのが多い。これは、ジェンダーによって、セックスが容易に変わるという意味ではない。

「ジェンダーがセックスを規定する」とは何かとその批判

やがて、優れた人工知能が出てくれば、歴史的な生理学的事実、進化の過程、脳の仕組みなどを冷静に分析して、権力論のジェンダーだけで男女を寸断する手法は通用しなくなるだろう。その意味で、ジェンダーの本当の危機は、女性差別を出しても一切動じず、冷静に男女の違いを真摯に分析できる人工知能の発達ではないのかと思う日々だ。

2015年5月掲載


追記

ネトウヨが在日韓国人認定するのと、ネトフェミの性別透視も似ている。自分が気に入らない人物は在日韓国人認定して、実際には違うことがよくあるネトウヨ。自分が気に入らない人物は性別透視で男に決まっていると認定して、実際には女であることもよくあるネトフェミ。ネトフェミとネトウヨの性別透視と国籍透視で、こういう面でも非常に似通っている。

多数派の女性から少数派への差別よりも多数派の女性の権利を優先してきたのは、労働組合が非正規労働者よりも正規労働者の権利を重視したために、非正規労働者から批判されてきたこととも似ている。労働組合への非正規労働者からの批判は、今までかなり言われてきた。それに比べて、健常者の女性による障害者差別は、そんなことを言うより、まずは大きな目的である男社会を十分に批判してからと言って放置されている(あるいは、傲慢な態度で現実と歴史を無視して日本の女性運動は障害者に十分に向き合ってきた、ウーマン・リブを見よとよく言ってくる)。

労働組合の例を見ても、放置しておいては、正規労働から非正規労働へのトリクルダウンなど起きない。個別具体的に対応する必要がある。女性の権利を言いながら、障害者女性などの弱者女性の権利を考えてこなかった今までの歴史と現実は、労働組合が犯してきた過ちの繰り返しを見ているようだ。労働者の権利という大目的のためには非正規労働者は黙っておけという路線で、男社会への批判という大目的のためには少数派は黙っておけと言っているわけだ。

さて、労働組合でも非正規労働者との今までの歩みを反省し、非正規労働にまで拡大している動きは幾つもある。それに反して、いつまで、多数派の女性優先で、少数者たちの権利を踏みにじっていいという姿勢を続けるつもりなのだろうか。ネトフェミは労働組合の悪臭をさらに腐臭にして、多数派の女性の権利のためには、積極的に少数派を差別して構わないという態度ばかりである。

その後のことを考えると、保守層がネトウヨ批判しているほどには、フェミニスト層はネトフェミ批判はしていない。それどころか、学者フェミニストのネトフェミ化現象まで起きている。政党で女性の人権を言ってきた社民党の甚だしい衰退を考えると、ネトフェミの増長はますますフェミニズムに対する心象を悪化させる。

その後の追記

ここで書いたpokonanと宇野ゆうかの両タッグが見られたので追記。

https://twitter.com/YuhkaUno/status/867787630808662016

この件は、「ちふれ」の元々のブランドイメージや購買層も大いに前提になってる話なので、それを知らずに「被害妄想」だの「ヒステリー」だの言う男共(あえてこう言う)はお呼びじゃないんだよ。黙ってろ。

この宇野ゆうかのつぶやきは、リンク先のはてなのpokonanの記事にはてなブックマークでコメントしたのをtwitterと連携したもの。

はてなブックマークのコメント↓

宇野ゆうか

このちふれの件で反発しているのは、別に男性に限らないが、仮想敵の男共と想定して叩くのは、ネトウヨが在日認定して在日韓国人叩きをして、実は在日韓国人ではなかった件と非常に似てないか?やはり、何度も繰り返しているように、ネトフェミとネトウヨはそっくりだ。

しかし、この宇野ゆうかは、同性愛者の男性と異性愛者の女性には権力の上下関係があることを無視して、同性愛者が異性愛者の女性から性の玩具にされていることには、男たちが女性を性の玩具にしてるだろとか言って正当化していた。多数派女性がマイノリティを抑圧してきた歴史的加害者であるという当然の視点を指摘すると、逆切れして、黙れ男共とか言い出すのがネトフェミ。

同性愛者の男性などの多数派の女性たちから差別されてきた側の男性たちが、黙れ女共などと言ったら、どういう反応をするのか?(ネトフェミの反応は目に見えているが)

しかし、pokonanの記事もはてなに書かれて、宇野ゆうかもはてなブックマークのコメントに書いて、宇野ゆうかもはてなで書いている。はてなはネトフェミを生みだして、フェミニストの心象をさらに悪くすることに貢献している。

反省の女性学とはに、当サイトの反省の女性学の趣旨を書いています。



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