三浦瑠璃の人種差別の鈍感さ

BS1スペシャル「変貌するアメリカ ~2016米大統領選を読み解く~」で、三浦瑠璃がトランプとヒラリーに関する男女差別を言っていた。男性ならクリーンでなくても、きちんとしてなくても責められないが、女性なら責められるダブルスタンダードがあるなどと言っていた。

それが、女性が指導的地位にとっての妨げになると言うことだが、これがすぐその前に自分がしたことと関して、どういう問題があるのかが全く分かっていなかったのだ。

この番組では、三浦瑠璃はヒラリーと女性の選択の前に、アメリカの黒人差別も取材していた。そうであるのに、男性と女性では女性のほうがきちんとした身なりが求められるなどと言っていたのだ。同じことをしても、女性のほうが責められると。

ここまで言えば、何が問題かが即座に分かるだろう。白人女性と黒人男性では、黒人男性のほうがきちんとした身なりをしていないと命まで失うことを三浦瑠璃は全く重要視していないのだ。

黒人はシャツをズボンから出しているだけで警察から目を付けられるから、黒人はズボンの中にしっかりとシャツを入れるようにと黒人が黒人男性たちを集めて指導しているほどの異常事態だ。

これが、白人女性はミニスカを履くな、警察に狙われて殺されることもあるからと、白人女性を集めて指導していたらどうなるか。女性差別という熾烈な批判にさらされるが、黒人男性に似たことを言うのは当たり前だという非常に過酷な黒人差別がある。

黒人男性は、白人女性よりも遥かに格下である。当たり前だが、黒人は白人の奴隷だったのだから。歴史を重視して女性差別を考えろと言いながら、黒人が白人に奴隷にされていた歴史をすっかり忘れている。

実際に、黒人男性は警察から白人女性では全く考えられないことでも犯罪者扱いされて、暴力を振るわれ、命まで奪われている。ダブルスタンダードがあるのは、黒人男性と白人女性の間にある恐ろしいほどの公権力による生命格差である。

三浦瑠璃は黒人差別を取材したのに、女性問題が絡むと、黒人差別問題が吹き飛んでしまっている。これには、それほど女性差別が酷いからだと返してくるのが簡単に予想できるが、黒人差別で警察に黒人男性が殺されまくっているのに、黒人差別が軽い問題とでも言うのか?

トランプとヒラリーとの比較で男女にある不均衡を言うのならば、白人社会では白人の男女でのダブルスタンダードがあると言うに留めないといけない。

それを、黒人男性も含めて男性と女性との間にあるダブルスタンダードを言うのは、ニヤリと笑って満悦するのは白人の女たちだ。白人の女たちは女性の人権と言いながら、今でも人種の観点に非常に鈍感だ。

その鈍感さは、この三浦瑠璃のような人種問題を吹き飛ばすことをイエロー女までしてるのだからと正当化しているからだ。人種差別よりも女性差別のほうがひどいから人種は無視していいと、白人の女たちの暴力を助長することになっている。

そして、三浦瑠璃は女性の大統領が4年間なってもいいんじゃないのかなとも言っていた。これは、女であれば、ヒラリーという白人女の権力と暴力の権化も擁護するということだ。

こういう三浦瑠璃のような人種に鈍感な視点で女性の人権を語れば、白人女たちの権力と暴力が続いていくだけである。それに、三浦瑠璃はヒラリーは女性のための政策をすると力説していた。

これも、非常に鈍感なことだ。あれほど黒人から圧倒的に支持されたオバマでさえも、結局、黒人のための政策が弾まなかったばかりか、白人と黒人との間の断絶が進んでしまった。

ヒラリーは、特に若い女性から反発されているし、女性全体から見ても、トランプと比べても大した支持率の差がないくらいだ。そんなヒラリーが、女性へのどんな実効的な政策をすると言うのか。

黒人に絞った薬物で黒人男性を刑務所送りにすることに賛同してきたヒラリーは、人種を重視していない。それに、白人女性と有色女性との格差についても対策をしないばかりか、むしろ、格差を拡大させるだろう。

そして、白人女性の中で特に恵まれた女性の極極一部の活躍を見て、女性の活躍ということだろう。富裕層にべったりと張り付いてきたヒラリーを女性だからと女性への政策をしっかりとするとは、女だから何でもいいのだろうか?

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2016年11月掲載



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