共謀罪と痴漢冤罪

共謀罪で警察権力の問題が批判されているが、これはその通りだろう。しかし、共謀罪で戦前に逆戻りするから問題だというのは誤りだ。これは、現在の警察権力の状況を全く理解していない呑気な姿勢だ。

結論から言えば、警察権力はすでに戦前以下になっているからだ。それがよく分かるのが痴漢冤罪だ。痴漢冤罪は証言だけで痴漢とされて、警察の初動の捜査がいい加減で、冤罪が度々起こっている。痴漢冤罪の深刻さを考えると、電車に乗れない状況にまでなっている。いつ、警察に痴漢の冤罪を擦り付けられるか分からないからだ。

戦前でも、今現在のように電車に乗れない状況にまではなっていなかった。公共の交通機関である電車に乗ることさえこれだけ抵抗があることを作り出した現在の警察が、戦前の警察より優れているのか?共謀罪の件で、共謀罪ができたら警察が戦前に逆戻りすると言っているのは、すでに警察は戦前以下の権力濫用の状態になっていることをどう思っているのか?

痴漢冤罪では痴漢をする男がいるから痴漢が悪いとだけ言って、警察権力を批判しないことの繰り返しばかりだ。冤罪が起こるのは警察に問題があるのは、痴漢以外では当たり前に言われている。今まで冤罪が起きた殺人事件で、「殺人があるから冤罪が起こるので殺人犯が悪い」とか、「殺人が0にならない限り冤罪が起こるのは当たり前」とか言って、警察批判を全くしないとしたら、どうだろう?

それは、警察権力の犬だ。しかし、痴漢冤罪では、警察権力の犬になることばかりが続いて、痴漢だけを批判すればそれで終わりなことが常態化している。さらには、冤罪ガーとかふざけたことを言って冤罪被害者を叩いたり、痴漢が多いのに痴漢冤罪を言うのは女叩きとか見当違いなことを言って、結局、警察権力の濫用を許してきたわけだ。冤罪が1件でも起きたら問題なのに、放置してきた。

実在する痴漢冤罪被害者の記事でさえも、痴漢をする男が悪いから痴漢冤罪被害者でも加害者として反省してから痴漢冤罪を口にするべきとかまで言われて、警察権力を一切批判しないことなども度々見た。こういう冤罪を引き起こしてきた警察の批判を一切しないことの延長が、共謀罪での警察権力の拡大に繋がるわけだ。

共謀罪は実際に行動を起こす前に一般市民が罪になると言っているが、すでに痴漢冤罪で起こっていることだが?すでに痴漢冤罪で警察権力で問題になっているのに、痴漢冤罪では警察批判をしないで一般の男ばかり叩いて溜飲を下げることばかり見てきて、痴漢冤罪にあった男はざまぁみろというものばかり見てきたが?

電車に乗れなくなるまで警察権力による問題が起きてきた痴漢冤罪で、冤罪被害者叩きするまで警察を放置してきたくせに、共謀罪では警察権力批判で一緒に共闘しようとか馬鹿じゃないのか?というのが本音のところだ。痴漢冤罪で冤罪を放置する延長には、警察権力の濫用がさらに問題になるのは当たり前だ。

痴漢冤罪で警察批判をするべきで、それを一般の男叩きに持っていくべきではなかったのに、それに耳に貸さなかった結果が警察権力の増大につながるわけだ。繰り返すが、共謀罪では警察権力が戦前のようになると言っているが、すでに、戦前以下になっているので、戦前のようになるだけなら、まだマシじゃないのか?と思えるほど、痴漢冤罪での警察の横暴が酷いのだが。

痴漢冤罪で酷すぎる冤罪が起きても、「痴漢をする男が悪い。以上」と言っていたのに、共謀罪で警察権力の濫用とか言っても何を言ってるのか?となる。それなら、「共謀罪が必要なのはテロが起きるからでテロが悪い。以上」で終わりだ。「テロが0にならない限りは、共謀罪が必要」で終わりだ。「テロでは一般市民がかなり命を失っているのに、その加害者よりも冤罪ばかり言うのはテロ犯か?」など言われてそれを押し通す社会になるのは、痴漢冤罪で冤罪を放置してきた延長だ。

戦前の警察権力の捕捉で言えば、よく抜けているのは障害者問題だ。戦前の私宅監置は警察が管理していたのに、健常者だけが戦前に警察から被害を受けたとばかり言っている健常者至上主義にも大問題がある。共謀罪での警察権力批判をしている者たちは、この健常者至上主義に陥っていることもよく見るので、反省が必要だ。人類の歴史は健常史で、障害者は健常者から徹底的に迫害されてきたことを直視するべきだ。

この私宅監置のこともそうだが、警察権力が今まで何をしてきたかなどは、そんなことはわざわざ言われることはない。もっと言えば、警察の歴史を見れば、警察は犯罪を取り締まると言いながら、犯罪を作り上げてきた組織だ。さらに言うと、冤罪をなくすには、警察をなくす以外に方法はない。警察が新たな冤罪を次々に作り出してきたからだ。警察権力には、それだけの問題がある。

だから、共謀罪で警察権力が濫用されるなど、わざわざ指摘されることもない。だからこそ、痴漢冤罪が問題なわけだ。しかし、痴漢冤罪になると一転して、警察権力の犬であるかのようなことばかり言ってきているので、共謀罪のようなものができるのは当たり前のことだ。

さらに言うと、共謀罪など、将来的に見れば、はっきり言って大したことはない。日本で今後、本格的なテロが起こった時が、本格的に警察権力の濫用を認める法律ができる時だ。その時に、抵抗できるのだろうか?現在の痴漢冤罪で必死に一般の男たち全体叩きをして、警察批判のほうを放置しているのを見ると、警察権力の濫用を望んでいるようにしか見えない。

「疑わしきは罰せず」など全くの嘘で、痴漢冤罪では、「疑わしきはとことん罰せよ」になって、推定無罪など一切なく、痴漢冤罪被害者叩きまで横行している。共謀罪で、一般市民が電車に日常的に平時に普通に乗ることさえも犯罪で罰せられる恐れを常に考えないといけないほどの状況になるのか?そんなことにまではならない。痴漢冤罪ではそれほどの状況なので、やはり、痴漢冤罪を考えると、すでに戦前以下の状況なので、戦前のように警察の問題が出るならまだマシと思えるほど痴漢冤罪の酷さがある。

ところで、ヘイトスピーチ規制法が警察権力の濫用に繋がる?いや、あれは、本気ですれば、むしろ、警察権力の濫用を防げる法律。警察の根本には在日韓国人差別が根付いているのは、関東大震災朝鮮人虐殺を見ても明らか。在日韓国人叩きをしたいあまりに、ヘイトスピーチ規制に反対して、普段思ってもいない「警察権力の濫用」など口に出して、「警察権力の濫用を防ぐためにヘイトスピーチ規制反対を言わない偽善」とか意味不明。

警察権力の問題を言うのなら、ヘイトスピーチ規制は必要。なぜなら、警察はヘイトスピーチ規制に相当に抵抗する組織で、特に、中でも、在日韓国人叩きをとことんしたいのが警察だから。

反省の女性学とはに、当サイトの反省の女性学の趣旨を書いています。

2017年5月掲載



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