川上未映子と多数派女性の暴力

川上未映子が「「主人」という言葉が心底嫌い」という記事を書いていた。

川上未映子 「主人」という言葉が心底嫌い [PR]

夫のことを指す「主人」も、妻のことを指す「嫁」も、差別用語として広く認識されればいいとわたしは真剣に思っている。

これは、ポリティカル・コレクトネスの順番を履き違えている。

ポリティカル・コレクトネスとは、少数派に対する多数派の無理解をどんどん追求することでもある。主人がポリコレになると、多数派女性へのポリコレのほうがどんどん求められるようになる。そうなった時に、多数派女性がポリコレが息苦しいと言っているのは、現在の世界を見れば分かることだろう。

ポリコレでは、多数派女性が正義の側にいることはできないし、少数派から糾弾される側に位置することを分かっているのだろうか?

川上未映子は、これがきっちり差別用語とされた社会がどういう社会になるか分かっているのか?ゲイにオネェと言うほうがもっと問題視される社会になる。オカマと言うのももっと差別になる。

主人も嫁も女性差別と言ってきた異性愛女性は当然に結婚できる法的権利があるが、同性愛者は結婚できないから、そもそも法が平等でないからだ。片手落ち、腰砕け、失脚などなど、実は、女性差別と批判されてきた言葉よりも、障害者差別用語のほうが多い。

それは、健常者の男女が圧倒的に支配的な社会では、障害者を見下す言葉を平然と使ってきたからだ。この片手落ちなどが障害者差別で言えなくなることも、言葉狩りとは言えなくなる。

平塚らいてうが断種を支持して、戦後の女性運動からフェミニズムまで、健常者の女性が大前提の女性の権利を言ってきた。今回の川上未映子のように、より問題ではない多数派の女性問題ばかり言ってきたのだ。

川上未映子 「主人」という言葉が心底嫌い [PR]

 そんなだからわたしは、例えば同業者との会話のなかで「嫁」とか「主人」とかっていう言葉が出ると、「わたしに主人はいません」とか「それはありえませんよ」と、別に言いたくないけど、その場で即座に指摘するようにしている。

こんな指摘をする川上未映子だから、少数派問題に関わることで差別を指摘されても絶対に反論してはいけない。BLの話題が出たら、「でも、BLってファンタジーで、腐女子がゲイの理解者とか間違いですよ」とかいちいち言われても文句を言ってはいけない。

「それって健常者前提の言葉ですね」とか、「女性問題を語ってるのに、障害者の女性や外国人の女性を考慮に入れないで排除するんですね」とか、いちいち言われても川上未映子は肯定しないといけないし、反省しないといけない。

この主人とか嫁とかの言葉の問題は昔から言われ続けている陳腐な話題であって、そして、主人と嫁という言葉が大した差別用語ではないのは、それよりも、もっと酷い差別用語が巷には溢れているからだ。

それが、障害者や同性愛者や在日韓国人差別や、歴史的には被差別部落差別である。これらの少数派差別よりも、まずは多数派女性への差別が先決で、あとで必ず少数派問題に取り組むからと言ってきて、結局、障害者問題などは後回しにしてきた。

障害者は断種されて、見世物にされてきたのに、今は、障害者を笑うことが障害者の権利であると言われて、ピエロになった障害者を健常者が笑う番組が出来上がっている。

そんな時代になったのは、障害者差別と言って健常者を糾弾するだけでは、障害者との相互理解ができないとの認識が広がったことがある。しかし、健常者の女性は、主人とか嫁という言葉で男女対立を煽り、相互理解を欠如させないといけないほど、その主人という言葉が問題なのか?

脳性麻痺の障害者が、その脳性麻痺をネタにして、ちっちゃな頃から寝たきりでと言っているのを健常者が笑う番組を放送するなど、見世物の歴史がある障害者に対しては、歴史的差別を考えるとするべきではないという意見も根強い。

しかし、実際にはしているわけだ。そんな時代に、古臭く、陳腐な主人や嫁ということに固執するのは時代遅れだろう。川上未映子は、ゲイとオネェとBLでの勘違いが大いにあるだろうし、それで頓珍漢なことを今まで言ってきただろう。

被差別部落差別は今でもあるが、それに無知な言動を絶対にしてきてないか?障害者差別に至っては、健常者の女たちも積極的に断種に関わったことなど、どれだけ知っているのか?

差別問題は多数派の女が独占するものではない。少数派問題からの切り口でいちいち差別用語だと指摘されていたら、川上未映子の生活が持たなくなる自覚があるか?

しかし、主人や嫁という言葉差別よりも、障害者や同性愛者や外国人や被差別部落への差別のほうが相当深刻なので、川上未映子はそれらの指摘からは逃れられない。

たかが、主人や嫁で差別であると喚き立てているのだから。ところで、川上未映子は偉そうにジェンダーと言っているが、「ジェンダーがセックスを規定する」の意味が分かってるのだろうか?

川上未映子はジェンダーが理解できない周りの知性の低さを嘆いていることを書いているが、その川上未映子はフェミニズムが現代思想の影響をどのように受けているのかを、どれくらい理解しているのか?

「ジェンダーがセックスを規定する」とは何かとその批判

川上未映子のように、昔から多数派女性が少数派問題を差し置いて、主人という言葉が女性差別と言ってきたことを人権問題全般に当てはめると、多数派女性にとっても非常に窮屈な社会ができあがることが分かってない。

ところで、記事の最後に、「今日もフレシネを飲んで、そんなことを考えた」としてリンクしているから、思いっきりPRの宣伝記事だ。サントリーは、こんな陳腐な女性差別の炎上ネタで宣伝するPV稼ぎをしているわけだ。

ところで、英語だとジェンダーセンシティブでこんな悩みはないとか言ってるのは何の冗談か。manが男で人間だし、その意味で使わないとしても、humanは人間という意味で当然に使われている。主人という以前に、英語では、人間=男=人間という繰り返しの歴史なのだが。

さらには、歴史はhistoryで、中学レベルの英単語を考えるだけでも、男が人間で男が歴史を作ったという意味の単語が非常に多いのが英語。

反省の女性学とはに、当サイトの反省の女性学の趣旨を書いています。

2017年1月掲載



全記事一覧はこちら