橋下徹の風俗活用と母の子殺し殺人擁護の対比

https://twitter.com/t_ishin/status/733993137102721027

米兵等の猛者に対して、バーベキューやビーチバレーでストレス発散などできるのか。建前ばかりの綺麗ごと。そこで風俗の活用でも検討したらどうだ、と言ってやった。まあこれは言い過ぎたとして発言撤回したけど、やっぱり撤回しない方lがよかったかも。きれいごとばかり言わず本気で解決策を考えろ!5:09 - 2016年5月21日

この橋下徹のツイートが批判されている。しかし、橋下徹が言っているように、建前の綺麗ごとでは解決しない問題があって、実際に、綺麗ごとにはしていないことがある。代表的なのが、母親の子殺しだ。これは、紛れもなく母という女性による殺人である。しかし、この母親の子殺しでは、どれだけ母親の育児が大変かが言われ、育児ノイローゼで母親の子殺しを擁護する意見は、特にネットで多い。

殺人することには効果がないとか、性犯罪をしないというのは当たり前のことだから、ただ断罪しろと言うのなら、母親の子殺しは殺人だから断罪して、母の子殺しでは実刑判決で世間の同情を集めるなということか。しかし、そうではない。母の子殺しでは、夫がどういう状況にあったのかに関係なく、夫も殺人の同罪と言って叩かれている。

性犯罪で言うと、発達障害のことなども考えても、性犯罪を絶対しないのが人として男として当たり前というものではない。母の子殺しという列記とした非道な殺人を擁護しながら、強姦殺人には状況を考慮しないで、ただ断罪を求めるとどうなるか。これは、必ず、母の子殺しにも影響がある。母の子殺しでも、殺人だから、母の育児ノイローゼなど関係なく、母親を断罪しろという社会になる。

米兵、アメリカと、沖縄では権力関係があるのは確かだ。しかし、母親と子供でも権力関係があって、成人の女性に比べて、嬰児は圧倒的な弱者である。母親という権力者が子供を殺しても子供側の被害者視点ではなく、権力側の母親のことを考慮して、母の子の殺人は実際に擁護され、裁判でも母の育児が考慮されているのだ。

他のことでも言える。障害者が犯罪を犯したとしても、即断罪にするべきなのか?そんな社会になると、健常母の子殺しは、絶対に断罪にしないと整合性が取れない。つまり、女性への性犯罪、強姦の時には加害者を断罪しろと感情的になるのは、他の犯罪にも波及するのだ。確かに、母親の子殺しでも育児状況を考慮するべきだ。

そして、性犯罪や強姦であっても、加害者の状況を考慮するべきだ。母の子殺しの場合には、全ての母親が子殺しという殺人をするかもしれないとまで言われる。全く綺麗ごとではない。そして、これは恐ろしいことだ。母親は子供を殺すものだという前提があるのだ。そして、母親の育児に対するあらゆる政策を国が税金で用意している。

風俗活用と言っているのは、民間を活用しようということだ。女性であれば子供への殺人さえも、国税で女性のストレス解消の手段を用意しないといけないし、その手段を用意しないから母親が子供を殺したとまで言われている。男性が性的、心理的な面なども含めて、風俗を使うようにとするのは、母の子殺しでの殺人擁護までされているのだから、問題ない社会にしないと整合性が取れない。

この母の子殺しのことを例に出すと、全く綺麗ごとではないことが、実際に社会に存在しているわけで、貧しさからの窃盗などについても、犯罪だからと断罪するだけでは、絶対に問題は解決しない。そもそも、犯罪というのは時の権力が恣意的に決めたもので、世界史を見渡すと、同性愛が犯罪で死罪にもなってきた。将来的には、極貧の困窮からの窃盗では、犯罪要件を構成しないということもあり得る。

資本家や大企業の租税回避は問題がなく、貧しさから数十円の菓子を窃盗するのが断罪になる社会に正義などあるのか。性風俗があることで男性の性的、心理的充足が得られることや、母親の子殺し回避のために、母の育児に税金投入して母の育児負担を減らすことなどを考えない社会は、清濁の清を気取った純潔社会になり、人類が本質的に濁の存在であることを無視し、建前の団結で統一して崩壊するだけだ。

女性の性の歴史的なことを無視するから問題だと言うのなら、女たちの買春:江戸時代の男性売春者を買春の女性買春者と日本女性の処女性にも書いたように、女性の性の抑圧というのは俗説が多い。それに、子供は親の所有物であるという歴史も無視して、母の子殺し擁護するのは、歴史的経緯を考えてないと言われればどうするのか。歴史的経緯を出すと、母の子殺し擁護も当然に批判されるというのを忘れているが、しかし、現実に、母の子殺しは殺人でも擁護されているのだ。

反省の女性学とはに、当サイトの反省の女性学の趣旨を書いています。

2016年5月掲載



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