電通の高橋まつりの第二の過労死を出さないためには

電通の新人社員だった高橋まつり氏が過労死したことで、問題になっている。この件で様々なことが言われているが、全く欠けている視点があるので、当サイトの視点でこの過労死の件を語っている。

新入社員の女性が過労死したのは、それまでの男性過労死にまともな対応をしてこなかった結果の悪平等による男女平等が蔓延ったからである。統計上は、過労死しているのは大半が男性である。

これは、統計上そうであるのに、世の中では女性の育児や家事がどれだけ大変かばかり言われてきた。育児は24時間365日休みなしで育児ノイローゼとか、産後クライシスとか、家事ハラとか様々なことが言われて、「女性は男よりもこれだけ大変」「男は女性より楽しすぎ」と散々言われてきた。

「女性はもう限界点を越えている」と言って、男たちよ女性に積極的に協力して助けようと言ってきたわけだ。しかし、過労死は大半が男で自殺率も女性より高いのだがと言うと、それは男が弱いからと言われる。

男が弱いから自殺するわけで、過労死する男は会社を辞められるだけ女性より恵まれていると言ってきたわけだ。実際に、育児で女性の辛さが言われて男を糾弾している場で、しかし、過労死しているのは大半が男性ですよねと言うと、目を吊り上げて、育児の辛さが分かってないと叩かれてきた。

過労死しているのが男が大半であるのは長時間労働の男が非常に多いのに、それを是正せずに家事をしない男は女性差別主義者とか頭大丈夫か。簡単な算数もできないのか。

統計上からの主張をしないとただの主観になるわけで、少年犯罪が「凶悪化していない」というのも統計があるから分かるわけだ。「少年犯罪は統計上は凶悪化してなくても、自分のまわりで凶悪化しているように思えるから凶悪化していないのは間違い」という頓珍漢な言説に似たことが、育児論で言われてきた。

育児も家事も女性に押し付けてこのままでは女性は過労死するとか、女性は限界点を越えているという言説は何か。これは、統計を無視した馬鹿がすることである。実際に命を落すまでに追い込まれていることが、本当に限界点を越えていることで、自殺率も過労死も男のほうが多いのだから、限界点は男のほうが超えているのだ。

これを重視しないで、男が弱いから死ぬだけで、女は強いからなかなか死なないんだよ、だから女のほうが自殺率が低いと言って、それより遥かに育児のほうが辛いから男は反省しろと無茶苦茶なことを言って人命を軽視してきたから、高橋まつり過労死の件などが起きるわけだ。

つまり、今まで、男はさんざん過労死してきたのに、女は過労死が少なすぎるから、女も同じだけ過労死してこその男女平等であると。これは冗談のようであるが、実際にこの方向に向かっている。

なぜかというと、育児や家事の例を見ても、女たちは男たちに、女と同じだけの苦しみを味わえとさんざん言ってきたからだ。ジェンダーの問題が絡むと、女と同じ苦しみを男も味わえという路線ばかりが強調され、一緒に問題を解決しようという声が非常に小さい。

だから、それなら、男の苦しみを女も同じだけ苦しめになる。それで、過労死が女と男が半々で、自殺率も半々にならないと男女平等ではないという悪平等が蔓延る。

だって、今まで、女のほうが強いから女はなかなか死なないと言ってきたよね?だったら、過労死する女は弱いから死んだだけでしょ?と。自分が男たちを批判してきた言説が女たちに返ってきてるわけで、非常に間抜けな状況だ。

高橋まつりのようなことが起こらないにはどうすればいいか。まずは、過労死は圧倒的に男性が多いことを統計上で何度も何度も執拗に確認して知らしめること。そして、あまりに多い男性過労死を無視せず、対策をすること。

しかし、去年の過労死でも過労死は男性が大半であったが、それらの過労死した男性が高橋まつりのように取り上げられただろうか?それらの過労死した多くの男性の実態は、高橋まつりの件よりもかなり酷い例が多くあるのにだ。

過労死問題を真面目に取り組むのであれば、あまりに多い男性過労死を少なくすることを考えないと、男がこれだけ過労死しているから女はまだ少なすぎるという方向に行ってしまうわけだ。

過労死する前に会社をやめればいいわけで、それより育児の女性のほうが辛いとか言って、女性の育児や家事の辛さばかりを重視して過労死する男なんかどうだっていいという態度を取って来たことが、女性社員にも返ってくるわけだ。

結局、今までしてきたフェミニズムや男性学の路線が、女性がこれだけ大変だから男たちもその大変さを味わえというどうしようもない議論ばかりしてしてきたことが問題だ。

こんな反省の女性学というサイトを管理しているのだから有名学者フェミニストの文献は読んできたが、実際に、早い話が、女性の苦しみを男たちは味わえというどうしようもない路線ばかりだった。

それなら、女も男と同じ苦しみを味わって、同じだけ過労死しろよ。そして、男と同じだけ過労死しない限りは、男女平等とか言うなよ。女は死なないから楽しすぎと。

こんな悪平等の男女平等論によって女性の過労死にまでなるのだから、一体全体、女性学とは憎しみを男に向けたことによって女にも返ってきたと言える訳で、憎しみの学問で、分断の学問ではないのか?

育児で過労死する女性より、企業で過労死する男性のほうが圧倒的に多いのだから、命を落すほどに大変なのは企業戦士と言われてきた男たちのほうであると認めるのは統計上そうであるのに、これを否定するのは統計を無視してデマを拡散する層と何が違うのか?

あと、統計上に出てこない女性の苦しみとか言うのなら、それより、障害者とか、在日ハーフとか、外国人とかのほうがさらに統計では図れないだろ。そんなことは全く考えずに、女性だけしか考えないわけだ。

男女の賃金格差があるのに、それでも過労死せざるを得ない女性の苦しみとか言いながら、健常者の女性より障害者のほうがさらに賃金が低いという健常者と障害者の賃金格差に言及しているのをほとんど見たことがないが。

反省の女性学とはに、当サイトの反省の女性学の趣旨を書いています。

2016年10月掲載



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